「思考」の正体。人間の脳と量子コンピュータの共通点とは?真実の目へようこそ。
はじめに
私たち人間は身の回りにある他の物体と同じように、化学物質で構成されています。しかし、石や机などが意識を持たない一方で、「脳」と呼ばれる化学物質の「集合体」は、意識という現象を生み出し、「思考する」という能力を持っています。なぜ脳は思考能力を生じさせることができるのか?これは現在の科学者たちにとって極めて複雑で難解な問いです。ところで、皆さんは量子コンピュータという名前を聞いたことはあるでしょうか? 量子コンピュータは量子力学のユニークな性質を利用して、従来のコンピュータでは不可能な速度で複雑な計算や処理を行うことができる革新的な技術です。近年、脳と量子コンピュータについて深く探る中で、これら二つの全く異なるシステムの間に驚くべき類似点が発見されています。今回は、我々の脳が、本質的には量子コンピュータなのではないかという仮説について考察していきたいと思います。ぜひ、最後までお付き合いくださいね。
量子コンピュータとは?
まずは、量子コンピュータとは何か、少しご紹介します。量子コンピュータは、量子力学の原理を応用して動作するコンピュータのことです。従来のコンピュータは「ビット」という単位で情報を処理しています。「ビット」は0か1の値しか取ることができませんが、複数のビットを組み合わせることで、複雑な情報を表現、もしくは計算することができます。これに対し、量子コンピュータは「量子ビット」という単位で情報を処理しています。量子ビットの最大の特徴は、0と1の状態を同時に存在させることができる「重ね合わせ」という量子力学的性質を持つ点です。つまり、量子ビットは0、もしくは1を表すことに加えて、0と1両方の状態を同時に表すこともできます。
さらに、量子ビットは「量子もつれ」という現象も利用しています。量子もつれは、複数の量子ビットが相互に深く結びつき、一つの量子ビットの状態が他の量子ビットに即座に影響を及ぼす現象を指します。これらの特性により、量子コンピュータは高度に絡み合った計算を効率的に行うことが可能になり、従来のコンピュータだと数万年もの時間を必要とする計算や処理が、量子コンピュータなら一瞬で終わらせることができるようになりました。
そのような高速な計算や処理がどんな役に立つのか、例を挙げてみます。数年前、Googleが量子コンピュータ分野で大きな躍進を遂げたと発表した直後、ビットコインの相場が暴落しました。これは、量子コンピュータによる高速な計算能力が、暗号通貨の根幹となる暗号化技術に重大な影響を与えるという懸念から起きたものでした。具体的に説明すると、量子コンピュータはビットコインの取引記録を改ざんできる可能性や、プライベートキーを解読して資産を不正に取得できる可能性があると危惧されたのです。そして、もっと身近な例として、私たちのSNSアカウントや銀行口座などのパスワードも一瞬で解読できるほど、量子コンピュータの演算能力は恐ろしいほど高度です。その計算・処理能力を駆使して、人工知能、医療研究、科学研究、さまざまな分野で革命を起こすことができ、人類の文明レベルは間違いなく、量子コンピュータの実用化によって一段階上がります。ただし、現時点では量子コンピュータはまだ開発の初期段階にあり、これらの応用が実用レベルのものとなるまでにはまだ数多くの技術的課題が存在します。
量子コンピュータという技術の開発、発展は日々絶えず進んでいますが、実は、その根本的な原理となっている部分、量子力学という学問、あるいは理論には数多くの未解決の問題が残っています。正直なところ、人類が量子力学の本質を解明するまでには、まだまだ途方もなく長い道のりがあります。ただし、理論の根本的な部分がはっきりと分かっていなくても、量子の挙動が分かっていれば、それを利用して量子コンピュータを作ることが可能です。これは量子力学に限った話ではなく、例えば飛行機も、その飛行原理がまだ完全に解明されているわけではないにもかかわらず、我々はその原理を利用して効果的に航空機を設計し運用することができています。
これは「実用主義的アプローチ」(プラグマティズム・Pragmatism)と言います。
完全な理論的理解がなくとも、観測された現象を基に技術を進歩させ、私たちの社会に役立てることができます。しかし、実用という点において、量子コンピュータには飛行機と異なっているところもあります。私たちは、飛行原理を完全に解明していなくても、安全かつ能率的に飛行機を飛ばすことができますが、それに対して、量子コンピュータ技術を完全に実現し、効率的に運用するためには、量子力学についてより深い理解が必要です。
そこで、我々が最初に探らなければならないのは、量子コンピュータの超高速の処理能力がどこから来ているのか、という疑問です。先ほどご紹介した、「量子ビット」の0と1の状態を同時に存在させることができるという話はこの問題の答えではありますが、本当に知りたいのはもっと根本的なところです。つまり、なぜ「量子ビット」は0と1の状態を同時に存在させることができるのか、ということです。この疑問の答えは量子コンピュータの力の源に触れるものでもあり、同時に、人間の脳がなぜ高度な思考能力を持っているのかという疑問の回答にもなります。それでは、今からこの質問の答えを探りながら、なぜ人間の脳が量子コンピュータと同じだと言われているのか、その理由も見ていきましょう。
脳の思考能力の凄さ
私たち人間は、非常に高度な思考能力を持っているとされています。普段、私たちはそれを当たり前のように駆使しているので、これらの能力を凄いと意識することはあまりありませんが、ここではあらためて脳の機能がいかに高度なものか、確認してみましょう。
「イメージング」
私たちはこの現実世界に実在していない物事を想像することができます。例えば、「青いリンゴを想像してください」と言われたら、即座にそのイメージを脳内で作ることができます。しかも、その過程は複雑な計算や入力変数の調整、例えば、特定のリンゴの大きさや密度などの要素を必要とせずに、単に想像するだけで、この世に存在しない青いリンゴについて脳内で具体的なイメージを作り出すことができます。この例から分かるように、私たちの脳は、既知の事実から確実な答えを得る能力を持っているだけでなく、知らない情報や経験したことのない物事についても、感覚や勘で想像もしくは推測することができます。
それでは次に、もう1つ例を見てみましょう。
「並列処理」
「2+2=4」。誰でもこの簡単な足し算を瞬時に解くことができます。しかし、私たちの脳が具体的にどうやってこの答えを導いているのか、そのメカニズムは未だに完全には解明されていません。これも、人間の脳が宇宙よりも複雑だと言われている所以です。最近、ある研究チームが、こちらの研究で(『Neuronal codes for arithmetic rule processing in the human brain』)、人間の脳がどのようにして簡単な数学的計算の答えを導き出しているのかについて調査しました。この研究によれば、人間の脳は簡単な足し算や引き算を行う際に、脳の一部が問題を理解しようとしている間に、別の部分が既に解決策に取り組み始めていることが分かりました。これを詳しく説明すると、まず、私たちの脳には約1,000億近くのニューロンが存在します。「2+2」のような単純な算数問題を解く際、脳は通常のコンピュータが行うように、一部のニューロンを使って単純な1と0の二進法で問題を解くのではなく、多くのニューロンを統合して複雑な処理を行っています。これは、従来のコンピュータが使用している単純なバイナリの仕組みよりもはるかに複雑な、脳の各部分が同時に並列処理を行うプロセスです。
「反事実的思考」
人間は何か行動した後、物事を終えた後、「もし別の選択をしていたらどうなっていただろう」と考える傾向があります。これは人間の特有の思考能力の1つで、「反事実的思考」と呼ばれます。実際には起こらなかったことについて、もし起こっていたらどうなっていたかを考える、これもまた人間特有の能力です。例えば、「もし別の学校に行っていたら、今はどうなっていただろう」、「もしこの人と結婚していなければ、今はどういう人生を送っているだろう」といった思考です。従来のコンピュータもしくは人工知能は、このような思考能力を持っていません。
以上で挙げたのは脳の機能のほんの一部ですが、これらの機能や能力について考えることで、なぜ私たちの脳が量子コンピュータと似ているのかが分かります。
量子力学では、量子の状態は確定しておらず、いくつかの可能性の「重ね合わせ状態」にあります。しかし、観測を行うと、量子は特定の状態に「収縮」します。これは、観測されるまで量子が複数の状態に同時に存在することを意味しますが、実際に測定すると一つの状態に決まる、という現象です。
これについてもっと深く知りたい方は、以前投稿した「量子力学・総集編」、もしくは「量子力学が示唆した世界の本質」という動画を見ればよく理解できます。
マイクロ・スケールの世界に存在する、この世界を構成する小さい量子が、なぜ普段は重ね合わせの状態にあり、人間によって観測されると瞬時に1つの確定した状態に収縮するのか、その理由は現段階で科学者たちにもまだはっきりと分かっていません。つまり、この現象の背後に隠されている何らかの根本的な法則やメカニズムはまだ解明されておらず、これは現代物理学の最大の謎の一つなのです。
この謎に対して、1950年代に物理学者のヒュー・エヴェレットが「多世界解釈」という仮説を提唱しました。この仮説によると、量子が観測された時に、「収縮」は実際には起きておらず、代わりに世界がその瞬間に分岐して、新たな世界がそこから生まれます。つまり、ある量子が複数の状態にある場合、それぞれの状態に対応する異なる世界が存在し、観測を行うと、我々はそのうちの1つの世界で生きることになり、他の可能性は他の世界で実現される、ということです。一見非常に大胆な仮説ですが、特に最近になって、この「多世界解釈」は科学界で多くの支持を得るようになっています。では、これは量子コンピュータや私たちの脳とどういった関係があるのでしょうか。
「多世界解釈」の内容に沿って量子コンピュータの力の源を解釈してみると、次のような結論が得られます。先ほどご紹介した通り、量子コンピュータは量子ビットを利用して計算を行っています。これらの量子ビットは一つの状態ではなく、複数の可能性を同時に重ね合わせて持っています。これは、複数の可能性を探索することが可能であることを意味します。具体的には、量子コンピュータ内の量子ビットが複数の重ね合わせ状態をとる際、それぞれの状態は異なる世界の結果を表しています。そして、量子には「量子もつれ」という特性があり、量子もつれを持つこれらの量子は、異なる世界間の通信の道として機能し、全ての並行世界から情報を集めることで、超高速の計算を実現することが可能になります。さて、ここまでの話を念頭に、次は、脳の話に移りましょう。
脳と量子コンピュータの類似点
ここからは今回の本題でもある仮説、「私たちの脳は、量子コンピュータである」についてお話ししていきましょう。この仮説を聞いて、「32×56という掛け算さえ暗算できない私の脳が、量子コンピュータであるわけがないだろう」と反論する人もいると思います。確かに、私たちの脳は計算という面においては、それほど能力は高くありません。これは、人間の脳を量子コンピュータのように機能させるには物理的な制約があるからです。まず、人間の脳内は比較的高温で、様々な化学的・電気的活動が絶えず行われています。このような不安定な環境では、量子もつれを安定して維持することができないため、量子コンピュータのように複雑な計算を人間の脳が行うことはできません。つまり、人間の脳は量子コンピュータが必要とするような精密で安定した量子状態を維持するのに適した環境ではないため、計算能力の点で言えば、人間の脳はそれほど強力ではないという結論になります。
しかし、私たち人間の「認知能力」に関しては、話が別です。私たちの脳は、量子コンピュータのように複雑な計算を行うのではなく、量子的な特性を利用して、異なる種類の情報処理や意思決定を行うことができるのです。先ほどご紹介した脳の機能である「並列処理」、「イメージング」、そして「反事実的思考」はその例です。さらに、私たちの直感や決断、創造性などの、単純な論理的思考だけでは説明がつかない部分に関しても、量子的な特徴を持っています。具体的にどういうことなのか、「反事実的思考」で説明します。
先ほどの例を、ご自身の頭の中でも思い浮かべてみてください。「もし別の学校に行っていたら、今はどうなっていただろう?」、「もしこの人と結婚していなければ、今はどういう人生を送っているだろう」。そのように考えた際、様々なシナリオが想像されるはずです。このプロセスは、量子ビットが複数の可能性を同時に重ね合わせて持つ量子コンピュータの機能に類似しています。具体的には、「もしこの人と結婚していなければ」と考えているとき、私たちはその選択がもたらすであろうさまざまな結果や状況を心の中で同時に探索し、評価します。これは、量子コンピュータが複数の計算結果を同時に探索するプロセスに似ています。
さらに、私たちの日常生活での決定や創造的な思考においても、このような反事実的な想像力が重要な役割を果たしています。たとえば、創造的なプロジェクトを考える時や、重要な決定を下す時に、私たちは様々な可能性や選択肢を頭の中で模索し、最適な選択を導き出そうとします。これらの過程は、私たちの脳が量子コンピュータのように複雑な計算を行っているわけではないにしても、量子力学的な性質をある程度利用して、より複雑で創造的な思考を可能にしていると考えることができます。
また、脳の「イメージング」や「並列処理」といった機能も、量子コンピュータの概念と関連しています。目に見えない物事や場面を心の中で視覚化する「イメージング」という人間の能力は、量子コンピュータが様々な状態の重ね合わせを通じて複数の可能性を同時に探索することに似ています。「並列処理」も、脳が複数のタスクや情報を同時に処理する能力を示し、これも量子コンピュータが同時に多数の計算を行う能力と類似しています。
さらに興味深いことに、先ほどもお話ししましたが、量子コンピュータの超越した計算能力の源の1つの仮説は、量子もつれを通じて、異なる世界間から情報を集めているのだという発想ですが、人間の脳も同じ仕組みであるのなら、私たちが今までの人生で想像してきた全てのことは、一つ残らず、他の並行世界で実際に起きてきたことだという理屈になります。同時に、私たちがいるこの世界で起きていることも、他の並行世界にいる別の自分が脳内で想像した1つのシナリオなのかもしれません。この観点で見ると、私たちが行う創造的な思考、直感的な決断などは、単なる脳内の化学的反応や電気的活動に留まらず、量子レベルでの複雑な情報処理と深く結びついている可能性があります。例えば、あるアイデアやインスピレーションが突然「閃く」とき、それは単に脳内のランダムな思考プロセスの結果ではなく、実際には量子レベルで異なる可能性の組み合わせや情報の集約が行われているのかもしれません。このようなプロセスが、私たちの創造性や独創的な思考を可能にしているのです。そうであれば、ある意味、科学者や芸術家たちは「創造者」ではなく、無数の並行世界にある既存の知識や情報の「発見者」であると言えるでしょう。
そして、もしこの仮説が正しいのであれば、必然的にもう1つの疑問が浮かび上がってきます。そもそもなぜ私たちの脳は量子力学を利用して思考するのでしょうか? 考えられる答えは、エネルギー効率です。人間の脳は、僅か20ワット程度の消費エネルギーで機能しており、これは一般的な電球一つが消費するエネルギー量と同じです。しかし、その極めて小さなエネルギーで、脳は膨大な量の情報を処理し、複雑な認知作業を行うことができます。
なぜそんなことが可能なのか?考えられる理由は、脳が量子物理学の特性を利用しているからです。例えば、脳内の約800億本の神経線維(軸索)を通る信号を強化するためには、軸索の膜にあるチャネルでイオンを動かす必要があります。しかしこのような作業は、古典物理学に基づいて考えれば、わずか20ワットのエネルギーでは実行できないとされています。しかし、量子力学の特徴を利用することで、脳が持つ限られたエネルギーの範囲でこれを達成することが可能になります。実際のところ、脳内の様々な活動は量子力学の特徴を持っているのではないかという研究結果も多数発表されています。いつか機会があればそれらの研究もご紹介したいと思います。
もちろん、以上はあくまで僕の個人的な推測にすぎませんが、もしこの仮説が正しいとすると、私たちが日々経験する意識の奥深さや複雑さは、私たちの脳が量子レベルで様々な可能性や情報を統合していることの結果であるとも考えられます。これは、人間の意識や認知に関する研究に対し、新たな方向性を示唆しているかもしれません。そして、もう一点興味深い話、少し怖い考えでもありますが、いつか量子コンピュータ技術が理論上完璧な水準にまで進化したら、それらのコンピュータは人間の脳の認知能力に加え、高度な計算能力をも持つことになります。つまり、それらは人間の知性を大きく超越した存在になるということです。その時の人類社会がどのようになるのかも、非常に気になるところです。それでは、今日もありがとうございました。
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