アポロ計画
1961年、当時のアメリカ大統領であるジョン・F・ケネディが、10年以内に必ず人類を月に到達させると宣言し、「アポロ計画」の勢いに拍車を掛けました。当時の議会も科学的な検討を十分に行わずに、「アポロ計画」の実施を承認しました。
アメリカが急いでアポロ計画を進めた背景は、1950年代に当時のソビエト連邦が、宇宙開発分野で一時的にアメリカを追い抜いたことに起因しています。世界初の月探査機や人類初の有人宇宙飛行に成功したソビエト連邦が、世界のリーダーであるアメリカを脅かす存在になりつつありました。これに強いプレッシャーを感じたケネディ大統領は、この宇宙開発競争に勝ち抜き、世界一の地位を固めるには、月への有人宇宙飛行しか方法がないと考えました。
当時の科学技術ではとても実現できなさそうなこのミッションに対して、応えられる技術も設備も持っていなかったNASAは相当なプレッシャーに置かれていました。3名の飛行士が犠牲になったアポロ1号の火災事故も含め幾度とない試行錯誤を繰り返しながら、254億ドル、現在の価値にすると2000億ドルの総費用を掛け、NASAはついに1969年、アポロ11号で有人月面着陸に成功しました。その後、任務に失敗したアポロ13号を除き、アポロ12号から17号で、さらに計5回の飛行士を月に送ることに成功しました。
17号で終止符を打ったとされているアポロ計画ですが、実は18号、19号そして20号でさらに飛行士を月面に送っていました。これについては後ほど詳しくご紹介します。
よく、アポロ計画による人類月面到着の様子がスタジオで作られたという説がありますが、アメリカが月に到達していた証拠はいくつか存在しています。
そのうちの一つは、アポロ11号が設置したレーザー反射装置です。地球からこの月面に設置された装置に向けてレーザーを発射すれば、レーザーが月で反射されまた地球に戻ります。この装置を用いて地球と月の距離を測ることができるようになり、月は年間3.8cmの速さで地球から遠ざかっていることが、この装置のおかげで分かりました。装置の月面における座標も公開されていますので、相応しいレーザー発射設備があれば、誰でも地球と月の距離を測ることができます。
また、日本の月周回衛星「かぐや」と中国の月探査機「嫦娥」で撮った写真から、アポロ計画が月面に残した痕跡を確認することができます。ですので、今日の投稿でご紹介したいアポロ計画の真相は、その真偽ではありません。アポロ計画は間違いなく人類を月面に送りました。しかし、飛行士たちが月面で経験した衝撃的な出来事は、我々一般市民には隠されています。今回の投稿では、アポロ計画におけるあまり知られていない出来事をご紹介したいと思います。ぜひ最後までお付き合いください。
アポロ11号
まずは初の有人月面着陸に成功したアポロ11号ミッションで起きた不可解な出来事からご紹介します。内容のほとんどはアポロ11号の操縦士であるバズ・オルドリンが書いた本と彼のインタビューからまとめたものです。
1969年7月16日、アポロ11号を搭載したロケットが発射されました。
3日後の7月19日、月の周回軌道に入った後、司令船操縦士のマイケル・コリンズが、望遠鏡で二つの光っている飛行物体を発見しました。幻覚なのかと思いオルドリンとアームストロングにもその物体の方向を見てもらいました。結果、二人とも飛行物体の存在を確認できました。
オリドリンが当時の様子をインタビューでこう言いました。
「私たちはさすがに、“ヒューストン、光っている何かが私たちをつけてきている”と報告することができませんでした」
もしそう報告すれば、間違いなく任務が中止になると彼らが分かっていたからです。しばらくしてその飛行物体が消えたので、3人は不安な気持ちを抱きながらも任務を続行しました。
発射4日後の7月20日に着陸船が月面に到着しました。この時の様子は全世界に中継されていましたが、まさにこの時にも不可解な事件が起こっていました。
皆さんもご存じの通り、アームストロングが月面に足を踏み降ろしながら、次の有名な言葉を残しました。
「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」
実はこの言葉の後で、彼はもう一言付け加えていました。
「We came in peace for all mankind」
この言葉はアームストロングが勝手に発信した、シナリオになかった内容だと言われています。
言葉の意味については2つの解釈があります。
- 1つ目は、「全人類の平和を希求してここに来ました」
- もう1つは、「全人類を代表して平和のために来ました」
単に文面の「for all mankind」からみると、二つの意味のどちらも正しいと言えますが、宇宙船にいた3人が月の周回軌道で遭遇した謎の飛行物体のことを考えれば、アームストロングが月にいる誰かに「我々は敵意を持っていない」とアピールしているようにも聞こえます。
さらに妙なことが起きました。
月面に着陸してからしばらく経った後、アームストロングとヒューストン管制センターの間のラジオ通信が2分間程度中断されました。中断の理由についてNASAは公式に説明していませんが、一説によると、アームストロングが通信チャンネルをメディカルチャンネルに切り替えたのが原因と言われています。
メディカルチャンネルというのは、飛行士が自分の健康状態について管制センターと連絡するためのプライベートチャンネルで、そのチャンネルに切り替えると、特定のメンバーしか飛行士と会話することができません。
当時いくつかのアマチュア無線が、その2分間の通信電波を受信できたそうです。次の会話はアームストロングがメディカルチャンネルで管制センターと話した内容の一部だそうです。
「今撮っている物をどう説明するの?私たちは…」
「心配しないで、任務を続けてください」
「なんてこった、確かに何かがいる。信じられない、あなたが想像できない…」
「了解しました。今から反対側へ向かってください」
「でもそれは何だろう?デカすぎる。なんてこった、一体何だろう?」
非常に不思議な会話内容ですが、幸いなことに、裏でいろいろがありながらも、アポロ11号は無事に地球へ帰還でき、全人類にとって大きな一歩となりました。これでアメリカは、当初の目的を達成したことにより、全世界に自身の力を見せつけることができました。
帰還後まもなく、3名の飛行士の記者会見が開かれました。国の英雄となった3人の喜びの顔を待っていた人々ですが、なんと彼らは非常に暗い表情で登場し、興奮や喜びが全く感じられない口調で質問に答えていました。中でもアームストロングの表情が悲しいとも言えるほどでした。事情を知らない人が見れば、「追悼演説ですか?」と思ってもおかしくないと思います。この違和感は、先ほど紹介した一連の出来事をベースに考えると説明がつきます。自分の宇宙観、人生観が月面で見たことで覆され、さらにそれを誰にも言うなと命令されたら、誰でもこの表情になるのではないでしょうか。
アポロ15号
アポロ計画のその後のミッションについては、11号の時のようなメディアによるテレビ中継や記者会見などがなくなったこともあり、関連する情報量がかなり少なくなりました。
しかし1971年7月に打ち上げられたアポロ15号が撮影した一枚の写真により、再び注目が集まることとなりました。NASAは、1971年当時に撮られたこの写真を2006年に、他の写真と一緒に公式のホームページに掲載しました。写真にはどう見ても形が変わっている岩石が1つあり、ネット上で、この岩石について議論されていました。しかし間もなく、NASAのホームページにあったこの写真が加工され、この岩石の部分が見えにくくなりました。
噂のアポロ20号
NASAのこの動きが逆効果を招き、人々の間で、日本の月周回衛星「かぐや」と中国の月探査機「嫦娥(ちょうが)」で撮った写真から、岩石の座標がすぐに特定されました。さらにその後、YouTubeに「retiredafb」というidの投稿主が、こちらの映像を投稿しました。この動画は現在チャンネルから消えていますが、ネット上には引用された多くの情報があります。投稿主によると、映像にあるこの物体はNASAの秘密プロジェクトであるアポロ20号が月の上空で撮ったものです。映像に写っている物体の高さは500メートルほどで、長さは3300メートルもあります。物体の表面には規則性のある模様が刻まれており、ボディは異なるパーツで構成されているようで、どう見ても人工物です。しかも物体の形はアポロ15号が撮った写真にあったあの謎の岩石と非常に似ています。
もし、アームストロングがラジオ通信で言っていたものがこのような物体だとしたら、その「デカすぎる」という発言の理由も理解できます。
映像の後半部分は、アポロ20号の飛行士たちが物体の内部に入って撮影した映像で、なんと目を3つ持つ女性の遺体が映っていました。この女性の遺体を見た時に、さすがにオカルトすぎるだろうと思ったかもしれませんが、いつものように僕なりに分析してみたいと思います。気になるのは、NASAが本当にアポロ20号という秘密プロジェクトを実施したかという点と、この映像は捏造かどうかという点です。
真実の目の見解
まずこの映像を投稿した人のid「retiredafb」ですが、retiredは引退という意味で、afbは「Air Force Base」、つまり空軍基地という英単語の頭文字をとっています。
2007年5月、ルカというイタリア人がこの投稿主とコンタクトを取ることができ、オンラインでインタビューを行いました。インタビューの記録は現在でもこのサイトから確認ができます。インタビューの内容から、投稿主の名前はウィリアム・ラトリッジ。彼は1931年生まれの前アメリカ空軍の研究員で、後にNASAのアポロ20号のクルーに選抜されたそうです。
当時彼らは月にあった宇宙船に入り、女性と男性の二つの遺体を発見しました。男性の遺体は損傷が激しい状態でしたが、女性のほうはほぼダメージがありませんでした。彼らは医療装置を女性の体に付けて、地球側に装置のデータを分析してもらいました。結果はなんと、女性はまだ死んではいないと連絡が返ってきました。アポロ20号は女性の体を地球に持って帰り任務を終了させたそうです。
インタビューでラトリッジが、自分の身分を証明できる書類と、アポロ20号に関する20時間の映像を後日公開すると言いましたが、インタビューの後、彼は二度と現れることがありませんでした。
ここから意見が二つに分かれます。映像が捏造だと思われる理由としては、宇宙船が映っている映像の背景が真っ黒であることから、宇宙船は模型だと推測できます。また、映像には建物も映りましたが、これは1978年に上映された映画のワンシーンだということが分かりました。
しかし映像を本物だと主張する人たちの理由は、この映像は70年代の器材で撮影されたことにほぼ間違いがないという意見が映画製作に精通している人からありました。また、映像にあったアポロ宇宙船のパネルが実際の物とほぼ一致しているようです。宇宙船が映っている映像の背景が真っ黒という点については、こちらの背景のある宇宙船の映像もありました。また、retiredafbのチャンネルにあったオリジナルの映像を見た人たちによると、最初にアップされた映像には建物などはなかったという事です。後に引用された動画の中で、建物のシーンが初めて現れました。
正直この映像の真偽とアポロ20号の存在については、僕個人的には判断ができませんでした。でも最後に、映像を1つご紹介したいと思います。
この映像は2020年4月3日にYouTubeにアップされた動画で、たった10日間程度で100万以上の再生回数を獲得しました。タイトルと概要欄から分かったのは、動画は2020年3月26日の夕方に、カナダのモントリオールで撮影された月の映像です。その日のモントリオールから見た月相の形はこちらです。
見ての通り、映像と月相は一致しています。
また、飛行物体の影は最初が短く、物体が月の影部分に近づくにつれて、物体の影が徐々に長くなります。影が山を通過するときに曲がったりもして、リアルに影の変化を反映しています。
月面にあったこのクレーターを調べたところ、Endymionというクレーターです。Endymionの直径は122kmもあり、非常に大きなクレーターです。映像から分かったのは、物体の長さはクレーターの直径の1/3程度もあり、ざっくり計算すると、物体の長さは3000から4000メートルです。
もちろん通常であれば遠近法を鑑み、物の大きさをこのように計算してはいけませんが、地球と月が離れすぎていることと、物体が月と近いことから、この映像に関しては遠近法を無視します。
また、物体がクレーターを通過するのにかかった時間から、物体の飛行速度は秒速84キロメートル程度と推測できます。これは音速の247倍です。隕石事件の動画で紹介した、あの隕石を貫通した謎の物体と同じくあり得ない速度です。さらに物体の形もアポロ15号が撮影したあの謎の岩石と似ています。
最後に
最後に皆さんが気になる、アームストロングたちが月で見た「デカすぎる物」、アポロ15号の写真にあった謎の物、月の上空をウロウロしている飛行物体の正体についてですが、「月が人工物」という動画や投稿で既に彼らの正体を紹介しています。彼らは大昔から私たち人類と深くかかわっていた存在です。
私たちは決してこの宇宙の唯一の存在でもなく、最強な存在でもありません。
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