巨人族が実在した!世界各地で次々と巨大な骨が見つかる【真実の目】

ミステリー

巨人は実在していたことが判明!巨人の骨を隠蔽する世界的陰謀の全容とは?

はじめに

巨人の存在は、世界中の文化に伝わる昔話や物語の中で度々見ることができます。その一部では、彼らは人間に恐怖と死をもたらす怪物として描かれ、また一部によると、巨人が大昔の地球で人類を創造し、文明を築き上げたとされます。現代の視点からは、これらの物語は科学的な事実ではなく、昔の人々の想像力の産物として理解されています。しかし、巨人という種族が実際に大昔存在していた可能性は、本当にまったくありえない話なのでしょうか?例えば、私たちの人類の祖先が現代人類よりもずっと大柄だったということはあり得るのでしょうか?あるいは、巨人に関する古い言い伝えが、実際の出来事に基づいている可能性はどうでしょうか?巨人が実在したことを示唆する証拠は、現在の地球で見つかっているのでしょうか?今回は、巨人について深掘りしていきたいと思います。

ぜひ最後までお付き合いくださいね。

巨人についての記録

科学界の主流からはその存在が否定されている巨人ですが、なぜか多くの民族における歴史の記録に頻繁に登場しています。有名なものだと、古代ギリシャ神話の巨人族、ギガンテスという名前は聞いたことがある方も多いと思います。彼らは大地の女神ガイアと天空の神ウラノスの子どもたちであり、オリュンポスの神々と戦いを繰り広げたと語られています。聖書には、ゴリアテという巨人が登場し、ダビデとの戦いで敗れる物語が描かれていて、これも大変有名です。旧約聖書ないし死海文書の中で発見された『エノク書』には、「ネフィリム」と呼ばれる存在が登場し、彼らは“神の子ら”、つまり天使と人間の女性の間に生まれた混血であって、普通の人間よりもずいぶん大きい巨人に成長したと記されています。

東洋文化においても、インド神話やヒンドゥー教の聖典であるヴェーダには、大昔の地球で生きていた人間は身長が約10メートルもあったと記され、古代中国の神話では、盤古という巨人が天地創造を司ったとされています。日本の神話や伝承にも巨人の存在が見られ、「ダイダラボッチ」という巨人が山や湖を作ったとする伝承は各地で広く確認されています。これは、『古事記』や『日本書紀』に記されているような、国造りの際に活躍した巨人の神々への信仰と関係がありそうです。

さらに、もっとも古い文明と言われている古代シュメール文明にも、巨人として描かれる神々、アヌンナキが登場しており、彼らは人類を創造したとされています。こんなにも多くの民族が巨人の存在に言及している事実を振り返ると、かつての地球には巨人が本当に存在していたのではないか、少なくともこれらの言い伝えは遙か昔に起きた何らかの出来事を示唆しているのではないかと思ってしまいます。だとすると、なぜ現在の地球で巨人の実在を窺わせる痕跡が見つからないのでしょうか?いや、巨人が存在していた痕跡は、実際には世界中の様々な場所で発見されているのです。

謎の新聞記事

アメリカのネバダ州西部のグレート・ベイスン砂漠に、「ラブロック」と名付けられた洞窟があります。1911年、鳥やコウモリの糞などでできた糞石の発掘作業がラブロック洞窟で行われました。そこでは、作業に従事する誰もが目を疑ったであろうことに、なんと巨大な骨格や大きな足跡が洞窟の中で発見されたのです。現場は直ちにカリフォルニア大学の人類学者たちに引き渡され、人骨や石のナイフなどの数千点の遺物が回収されました。これらの骨の一部には身長が2.4メートルから3メートルのものがあったほか、3メートル近くあるミイラ化した遺体が2体もありました。しかしその後、これらの大きな骨は全て行方不明になり、関連する検査の結果や記録も全て失われ、当時の新聞記事だけが間接的な情報として残りました。

原住民の言い伝え

ここまでの話だけなら、これは当時の新聞社による捏造だった可能性が高いと考えられますが、アメリカの原住民の古い言い伝えを聞けば、考えが変わるかもしれません。まず、アメリカ南部に住む原住民のチョクトー族の言い伝えには、ナハロ(nahullo)という人食いの巨人族が登場します。かつてチョクトー族が長年これらの巨人と戦った結果、巨人たちは西の砂漠へ逃げていったと伝えられています。次はネバダ砂漠に住むパイユート族の言い伝えを見てみましょう。彼らの物語によると、とある日、身長が普通の人間の倍以上もある巨人たちがネバダ砂漠にやってきました。彼らは髪の毛が赤く、人間を食べる凶暴な種族です。やがてこれらの巨人とパイユート族の間で戦争が始まり、それは長く続きました。懸命に戦った結果、パイユート族は徐々に優勢に立ち、最後の戦いで巨人たちを砂漠にある洞窟に追い詰めると、その入り口を枝や茂みで塞ぎ、火を放ちました。そして、洞窟の中にいる巨人たちは窒息するか焼け死んで全滅しました。

ここでもう一度ラブロック洞窟の発掘の話に戻りましょう。当時の新聞記事によると、発掘作業で見つかった人間の骨と2,3メートルの身長もある骨以外にも、洞窟内では極度の焦げ跡の痕跡も発見されています。これは、かつてこの洞窟で、非常に高温の火が長時間燃えていたことを示唆しています。これらの発見は当時の新聞などでも報道されましたが、なぜか、カリフォルニア大学やアメリカのどの博物館でも、現在はこれらの巨大な骨に関する記録が見つかりません。ただ、諦めるにはまだ早そうです。巨人の実在を示す証拠になるかもしれない事例はこれだけではありません。

巨人が実在していた証拠

インターネット上には数多く巨人の画像が出回っていますが、実はそのほとんどが昔行われたPhotoshopのコンテストで作られた作品です。ほとんどの人はそれらが本物だとは信じていないでしょうから、そのような写真の存在は特に何の問題ももたらしていないと思われるかもしれません。しかし、これらの合成画像の存在のせいで、僅かに現在まで残された本物の写真までもが偽物扱いされてしまっています。

ご覧の写真は、1850年から1920年頃までの新聞記事に載っていたものです。その間、特にアメリカでは、巨大な人骨の発見が多数報告されており、それらの新聞記事は今日にまで保存されています。例えば、1882年5月25日のニューヨーク・タイムズ紙には、このような記事が掲載されていました。

【巨人の骨が発見される】

「レッドリバー渓谷のマウンド・ビルダーの遺物の中から、特異な大きさと形状をした頭蓋骨が発見された。遺跡の中には、約12人の男女の骨が動物の骨と混ざって発見された。問題の頭蓋骨は唯一の完全な状態のものであり、その近くには異常に大きな体の骨が見つかった。これは明らかに巨人であったと思われる。歴史協会によって、このマウンドとその内容物について徹底的な調査が行われる予定である。」

また、1885年5月5日のニューヨーク・タイムズ紙のこちらの記事も注目に値します。

「先週、ホーマー近くの小さなマウンド(塚)が数人の学童によって掘り起こされ、そこで一体の骨格が発見された。さらなる調査が行われ、地表から数フィート下にある石の床と樹皮の覆いを持つ大きな納骨室から、4体の巨大な骨格が発見された。そのうち3体はそれぞれ7フィート(約2.1メートル)を超える大きさで、残りの1体は8フィート(約2.4メートル)であった。」

サンアントニオ・エクスプレス紙にも巨人に関する記事があり、そこには写真も載っていました。

【ビクトリア近郊でWPA作業員が巨人の頭蓋骨を発掘。世界最大と思われる頭蓋骨、通常サイズの頭蓋骨も発見】

「これらは通常の人間の頭蓋骨の2倍の大きさで、テキサス大学が後援するWPAプロジェクトの活動中、ビクトリア郡にあるマウンド(塚)を発掘している際に発見された。同じマウンドの同じ層から、通常サイズの頭蓋骨も発見されている。そこから取り出された破片は、人類学者の監督の下、WPA研究所で再構成された。この巨大な頭蓋骨が、人間とは異なる特別に大きい体を持つ種族のものなのか、それともあくまで通常の人間であり、異常に大きな個体のものであるのかを判断するための研究が進められている。なお、この場所からは他にもいくつかの大きな人骨が発掘されている。」

また、1897年11月20日のニューヨーク・タイムズ紙は、こちらの記事を掲載しました。

「町で発見された3つのマウンドのうちの1つを発掘したところ、中から巨大なヒト型の骨格が発見された。頭から足までの長さを測定すると9フィート(約2.7メートル)以上あり、比較的良好な保存状態だった。頭蓋骨は半ブッシェル(約18リットル)の容器ほどの大きさがあった。骨の近くには、精巧に鍛造された銅の棒や様々な遺物が置かれていた。残りの小さな2つのマウンドもまもなく発掘される予定だ。」

このような巨人の骨を発見したとする記事は1850年頃から1920年頃まで、ほぼ毎年にわたって数回掲載されていました。しかしそれ以降、巨人に関する記事はなぜかほとんど見られなくなります。

その理由については後ほどお話ししますが、巨人が実在していた証拠はまだまだありますので、そちらの紹介を続けましょう

アメリカ大陸には、埋葬や祭壇のためと思われるマウンド(塚)が数多く存在し、中にはギザの大ピラミッドに匹敵する規模の物もあります。イリノイ州にあるカホキア遺跡は、コロンブスの到来以前に建造されたと考えられています。その中のモンクス・マウンドは、高さ30メートル、長さ316メートル、幅241メートルで、底面積の大きさでは、エジプトのピラミッドを上回っています。遺跡のマウンド数は合計120基ほどもあり、当時の技術水準を考えると、これらのマウンドの建造、特に石組みの技術は印象的であり、マウンドの入口の向きは春分や秋分の時期の太陽の位置に合わせて配置されています。興味深いことに、遺跡の古い発掘報告書から、マウンドの内部で巨大な人骨が発見されたという記録があります。その多くは大きさが2メートルから3メートルほどで、二列の歯を持ち、顎は普通の人間の頭全体を覆うほどの大きさだったとされています。当時の信頼できる情報源によると、他の規模の小さいマウンドからも巨人の骨格が発見されていたようです。また、アメリカ大陸だけではなく、巨人が実在していた痕跡は他の大陸にもあります。

間接的な証拠になりますが、1963年、イスラエルのシャロン平野にあるとある村で、作業をしていた農家がいくつかの金属製の物を土から掘り出しました。後の検査から、これらは約5,000年前に作られたもので、狩猟道具の投げ槍の槍先だと推定されています。今まで発掘された投げ槍の長さはほとんどが2メートル前後で、槍先の長さは15cmくらいです。しかしイスラエルで発掘されたこれらの槍先は、短いものでも35cm、最も長いものは66cmもあります。槍先のサイズから逆算すると、これらの投げ槍の長さは大きいものなら9メートルから10メートルもあると推測できます。もちろん、これらは槍先ではなく、何らかの装飾品であった可能性も考えられますが、検査によると、それらには、曲がった箇所や、刃の部分に沿って摩耗した痕跡があります。つまり、これらはやはり槍先として使われた可能性が高いです。その場合、10メートルもある巨大な槍を投げられるのは、同じく身長が10メートルあって、投擲の動作ができるヒト型の生物だと考えるのが自然だということになります。

死海から約80km南に位置する渓谷には、数千年前に建設されたと言われる古代都市の遺跡があります。この古代都市は岩山を直接彫り込んで作られた建造物群で形成されており、そのスケールは通常の人間サイズをはるかに超えています。特に「エル・ハズネ」と呼ばれるこちらの建造物は、高さ約40メートルにも及ぶほか、その巨大な入口、高い天井、巨大な階段など、どう見ても普通の人間のために設計された建物ではありません。他にも似たような巨石構造物は世界中でも多く発見されており、例えば、プマプンク遺跡、バールベックの巨石などが挙げられます。数千年前、もしくはもっと古い時代に、これらの巨大な石でできた建造物がどうやって建てられたのか、未だに完全には解明されておらず、まるでその時代には巨大な石を簡単に操ることのできる文明が存在していたかのようです。もしもの話ですが、巨石でできたこれらの遺跡が、かつて地球に存在していた巨人族によって建てられたと仮定すれば、これまでお話しした謎の数々に説明がつくと同時に、様々な民族の記録や言い伝えともつじつまが合います。

過去200年間を調べると、特にアメリカ大陸で、2メートルから3メートル以上の巨人らしき骨に関する報告や新聞記事が1,000件以上確認できます。しかし先ほどもお話しした通り、20世紀に入ると、これらの報道はぱたりと見られなくなっただけではなく、発掘されたはずの骨格も全て行方不明になりました。これは、巨大な骨が発見されたという出来事以上に不可解で、不気味なことです。なぜ、ある時期から突然巨人に関する報告が沈黙したのか?巨人の骨は一体どこに行ったのか?ここから、さらに深く探求していきましょう。

巨人の骨の行方

まず、巨人の骨の行方について、次の3つの可能性が推測できます。

1.当時の新聞社が誤認や誇張、もしくは詐欺や偽造をしていた。

2.骨が破損、または紛失、廃棄された。

3.骨を集める個人や組織があり、彼らにより隠蔽されている。

1つ目の可能性ですが、過去の報告の中には、誤って解釈されたケースが実際にありました。遺跡から大きな骨が発見され、それらを巨人の骨として報道した後、専門家が検査した結果、それらが実は象の骨だったという事例があります。また一部は、注目を集めるため、もしくはいたずら目的で、巨人の骨を偽造したというケースもあります。ただ、これまでの200年間で巨人の骨に関する報道は1,000件以上もあり、その中には人間の頭蓋骨の特徴を持ちながら、大きさが人間の数倍もあるものを発見したという報道も多数あったため、これら全てが誤認だという可能性は考えにくいです。また、全てが偽造だったと考えるのも、アメリカ大陸の各地で1,000件以上もの巨人の骨を何者かが偽造したことになり、とても現実的に起こりうるとは思えません。

2つ目の可能性は、骨が破損、または紛失、廃棄されたという説明です。発掘とコレクションの過程においては必ずと言ってよいほど、紛失または廃棄がいくらかは生じてしまうでしょう。しかし、今日まで1個たりとも残らず紛失したという説明はさすがに無理があります。

最後に3つ目、一部の人々もしくは組織によって骨が隠蔽されたという可能性は、一見陰謀論の色が強い推測ですが、実はそれを示唆する証拠があります。

これまでの報告を注意深く分析したところ、1つの共通点が見つかりました。これらの骨の行方を追跡してみると、資料の紛失などで、1,000件のうちほとんどは行方知れずですが、わずか数十件について、最終的に「スミソニアン博物館」に引き渡されたということが分かります。スミソニアン博物館は「スミソニアン協会」という組織が運営するアメリカの19の国立博物館並びに研究センターの施設群で、収集物は1億4,200万点にも及ぶ世界でもトップクラスの博物館です。記録や報道から、スミソニアン博物館はこれまで発掘された巨人の骨を積極的に集めていたことが分かります。

1892年、アラバマ州にあるとある洞窟で非常に大きい古代の木棺が発見されました。記録によると、その棺と他の遺物はスミソニアン博物館に送られています。1950年、研究者のフレデリック・ポーが棺に関する研究結果についてスミソニアン博物館に問い合わせたところ、「記録では受け取ったことになっているが、実際の所蔵が確認できなかった」という回答を受けました。1992年に別の研究者デビッド・バロンが再びこの問題を追及したところ、彼が得たのは、「その棺は木製の飼い葉桶だった」という回答でした。この棺に関するスミソニアン博物館の2つの回答が矛盾しているのは一旦置いておいて、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に到着する前の北アメリカには牛も馬も豚もいなかったので、そもそも当時は飼い葉桶が存在するはずもありません。仮にあったとしても、なぜ飼い葉桶に大きな蓋などを設えたのでしょうか。デビッドがさらに、棺を見ることはできるのかと尋ねたところ、棺は清掃の必要があるため見せることはできないと言われました。

また、1933年、アメリカのオクラホマ州にあるスパイラル・マウンドが発掘された際の記録によると、身長が2.5メートル以上もある遺骨が現場で発見され、骨の近くには壺などの他の遺物もありました。これらは最終的にスミソニアン博物館に引き渡されましたが、その後、これらは展示もされていなければ、何の情報も公開されていません。これらの事例のせいか、スミソニアン博物館は巨人の骨に限らず、発掘で発見された文物について隠蔽や情報操作を行っているという噂と悪評が昔から続いています。現在、なぜ巨人の骨が1つも大衆の目に届かないのでしょうか。昔の発掘作業における誤認、骨の破損または紛失といった可能性ももちろん考えられますが、1,000件以上あったはずの報告と「骨」という証拠物がさっぱり消えてしまったかのような現状は、組織的な隠蔽によるものだと考えるのが最も実現可能性の高い仮説のように思えてきます。

ただ、さすがにスミソニアン博物館の活動だけですべてを完璧に隠蔽するのは不可能です。スミソニアン博物館はアメリカ政府が提供する資金で活動しており、その前提を踏まえればアメリカ政府が隠蔽を主導しているとも解釈できます。ひいては、他の国の政府も同じように活動していても不思議はありません。一刻も早くこれまでの記録やデータを見直し、巨人の存在について正式な科学的調査を行うべきだと感じていますが、残念ながら、巨人の存在は都市伝説の領域だと根強く信じられているため、正統派の科学界に属する研究者の誰も、そのような研究に手をつける気はないでしょう。もし本当に隠蔽と情報操作が裏で行われていたのなら、“彼ら”は大成功していると評価せざるを得ません。

巨人の正体

では、これまで発見された巨大な骨が本当に実在していた巨人族のものだったとして、これらの巨人が一体何者なのかについて、ここから僕の個人的な考えをお話ししていきたいと思います。かなり飛躍した内容なので、SF小説として聞いてくださってかまいません。以前の動画でも言及したことがありますが、古代シュメールの粘土板に記された内容の1つの解釈として、「アヌンナキ」と呼ばれている“神々”が、金を求めて地球にやって来たという話があります。彼らは奴隷種族を作り出すために、地球上の様々な動物に対して遺伝子実験を行い、やがて、アヌンナキは自身のDNAをホモ・エレクトゥスと呼ばれる原人のDNAと組み合わせることで、理想的な新しい種族を誕生させました。

そのうちの1つは、ホモ・サピエンス、つまり、現生人類が属する種です。他にも似たような種が誕生しており、例えば、ネアンデルタール人、現在の分類では、ホモ・ネアンデルターレンシスに属することになっている種です。そして、ホモ・エレクトゥスやホモ・ネアンデルターレンシスよりもずいぶん背の高い種もアヌンナキの実験で誕生しています。それらこそ、今回の動画で言及してきた巨人の正体です。なぜアヌンナキたちがこのようなことをしたのかというと、これらの新しい種を競争させ、最後に勝ち残った、もしくはこの過程で最も優れていると判断された種を選抜するためです。長きにわたる残酷な戦いの中で、我々ホモ・サピエンスはネアンデルタール人や巨人を含める他の種族より優れていることを証明できたのか、もしくは、我々以外の種が不合格と判断されたのか、アヌンナキは地球上で大洪水を引き起こし、私たちだけを残して、実験で誕生させたほかの新しい種を地上から消しました。

ただ、ほんのわずかですが、一部大洪水から生き残った者もいて、彼らは、アメリカの原住民の間で巨人族として伝承されていきます。巨人の一部は人間と平和に共存していた時代も多少あったかもしれませんが、最終的には人間の数が圧倒的に多くなるにつれ、彼らは最終的に人間によって絶滅させられ、この地球から完全に姿を消しました。

では、なぜ現在の政府は人間と近いネアンデルタール人や他の種の存在を隠さないのに、巨人の存在だけを隠蔽するのでしょうか?その理由は、他の作られた種と比べて、巨人がアヌンナキの特徴をより強く持っているからです。シュメールの粘土板によると、アヌンナキ一族は背の高い巨人です。彼らは新しい種を作る時、ホモ・エレクトゥスの特徴を強く持つ部類と、アヌンナキ自身の特徴を強く持つ部類をそれぞれ作り、色々なバランスを模索しました。結果、ホモ・エレクトゥスの特徴を持つ我々が最終的に残り、理想的な「働く者」として地球で繁栄していますが、それは、巨人たちがホモ・エレクトゥスの部類である我々より劣るから競争に負けたという可能性もあれば、逆に彼らが能力的に強すぎて、アヌンナキが脅威を感じたために大洪水で彼らを消したという可能性もあります。

いずれにせよ、現在の地球に生き残ったのは我々しかいませんが、アヌンナキたちはまだ安心していません。彼らは自分たちの存在を隠すために、自身の特徴を持つかつて地球に存在していた巨人族の痕跡を徹底して抹消してきたのです。アヌンナキたちは今も地球に存在しているのか?人類はまだ彼らのコントロール下にあるのか?という疑問を持つ方もいるかもしれませんが、実はこちらの「人類社会を操る“レプティリアン”の真相」という動画でそれらの疑問にも答えています。これについてここで語り出してしまうとかなり長くなってしまいますので、どうかご了承ください。もちろん、ここまでの推測はあくまで僕が個人的に導いた答えであり、他の可能性も十分にあり得ると思いますが、かつての地球に巨人が存在していたこと、そして現在の地球にいる誰かがその存在を懸命に隠そうとしているというのが、恐らく事実でしょう。真実は時に、最も信じがたい物語の中に隠されています。これからも恐れることなく、探求し続けていきたいと思います。

それでは、今日もありがとうございました。

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