「遺伝子編集+人工知能」あなたの子供が直面する恐ろしい未来とは?
遺伝子編集赤ちゃんの誕生
(2017年)
2017年3月、中国の深圳市にある南方科技大学のとある研究室に、一組の夫婦がやってきました。彼らが訪ねたのは、この大学の研究者、准教授である賀建奎という人物です。夫婦は、准教授が学会で発表したゲノム編集の研究成果に触発され、今回の訪問を決意しました。二人は子供がほしいと思っていましたが、夫のマークがエイズ患者であったため、彼らの子供はHIVを持って生まれることになります。悩みに悩んで、二人が准教授に助けを求めると、彼は子供をHIVに対して免疫を持たせる試みを提案しました。このアプローチは、CRISPRという遺伝子編集技術を用いて、マークとグレースの子供、そしてその子供の子孫たちも永遠にHIV耐性を持つように、つまり絶対にHIVに感染することがないように受精卵の遺伝子を編集するものでした。
夢のようなこの提案ですが、賀建奎は夫婦に1つ隠し事をしました。これまで、CRISPRゲノム編集技術を人間に使うなどということは、世界中のどこであっても認められておらず、その領域に手を出した者は誰もいなかったのです。2018年11月、賀建奎の試みは成功し、マークとグレースのもとには、HIVに対して免疫を持つ健康な双子の女の子が生まれました。賀建奎は、この結果が世間から祝福されるだろうと期待して自信ありげに公表しましたが、すぐさまほかの研究者たちの批判を浴び、「フランケンシュタイン博士」と呼ばれるようになりました。その後、賀建奎は違法医療行為の容疑で逮捕され、巨額の罰金を科された上、3年間の懲役が言い渡されました。
倫理的な問題はさておき、この件が1つの歴史を作ったという事実は疑いようもありません。とうとう、人間の遺伝子を人為的に変更することが可能になり、望ましくない遺伝子は取り除かれ、望ましい遺伝子に置き換えられていく未来が、リアルに見えてきました。人類はパンドラの箱をついに開けてしまったのです。そして、人々はさらにこんなことを考えます。「遺伝子編集は、どこまで人間を改造できるのか?」「それはどのような結果、もしくは未来をもたらすのか?」
遺伝子編集がもたらす未来
(2090年)
人類は数々の壁を乗り越え、ある日ついに、遺伝子を自由自在に編集するという“神の力”を手に入れました。最初のうちは、この技術は慎重に使用され、病気の治療に大いに役立っていました。やがて、一部のお金持ちは自分の子供が有利に生きていけるように、法を犯していると自覚しながらも違法な研究所、いわゆる闇ラボを使って子供の遺伝子を最適化したいと思うようになります。
【デザイナーベビー】
このプロセスでは、まず母親の卵子と父親の精子をそれぞれ採取し、研究所の環境下で人工的に受精させます。その後、親が子供の属性を設定するステップに移ります。コンピュータゲームをする人なら誰もが経験したことがあると思いますが、これから使うキャラクターの外見や属性を設定できるゲームはたくさんあります。それと似たように、この時の親は、AIが搭載されたシステムを利用して、生まれてくる子供の属性、例えば、外見、性格、知能、身体能力などを好きなように設定します。まさにゲームの中のキャラクターを作るようなプロセスですが、出来上がるのは自分の子供です。最後に、両親が決めた属性に従って、闇ラボは特定の遺伝子を導入または排除し、親が望む通りのデザイナーベビーを誕生させます。皮肉なことに、このように誕生した子供は、親に全く似ていないケースがほとんどです。しかし、このようにして誕生した“デザイナー人間”は、知能、記憶力、身体能力、ストレス耐性、病気への耐性、外見などの全てにおいて一般人よりはるかに優れており、もはや映画やマンガの「スーパーヒーロー」に匹敵する存在となります。
【社会の崩壊】
富裕層しか作ることができないデザイナー人間の誕生により、どの国でも様々な資源や権力はなおさら富裕層に集中するようになり、エリート階級と一般人の格差がますます広がります。このような状況が長年続いた結果、不満を持つ人々による暴動や反乱が世界各地で起こり、間もなく社会は崩壊寸前に陥ります。これを受けて、各国政府は仕方なく、法律で禁じていた胎児、新生児への遺伝子編集サービスを全面的に開放しました。
【遺伝子編集サービスの開放】
高価ではありますが、金さえ払えば誰でもデザイナーベビーを作ることができるようになりました。言うまでもなく、遺伝子に手を加えず自然に生まれた人はデザイナー人間と比べて全ての面で不利な立場に置かれるため、ほぼ全ての親はローンを組んででも子供の遺伝子を調整してから誕生させるようになります。ただ、子供をより完璧にしたいのなら、より多くのオプションを付けないといけません。当然、その分だけ高い料金を支払わなければなりません。結局、誰でも遺伝子編集サービスを受けられるとは言え、ハイスペックな赤ちゃんを作ることができるのは依然として富裕層です。
“フルオプション”を受けて誕生した人たちは、あらゆる業界、あらゆるスポーツ、あらゆる分野のトップパフォーマーとなります。基本的な遺伝子編集しか受けていない一般層の人々は、自分の家庭が持つ資源も人脈も、個人が持つ能力も“フルオプション人間”と比べて絶対的に劣勢であるため、努力や工夫による“人生の下剋上”はその時代においてはほぼ見られなくなり、社会の階級は固定化されます。さらに、様々な理由で遺伝子編集を受けずに生まれた人も一定数いますが、彼らは「原人」という呼び名が付けられ、偏見や差別を受けてしまいます。
生まれつきの不平等による自身の能力および身体的なハンデのため、原人たちは生涯で絶え間なく経済的および心理的なストレスに晒され続け、その境遇に耐えられず犯罪や暴動を起こしてしまう人も続々と出てきます。経済的に余裕のない夫婦は自分の子供が原人になってほしくないという思いで、子供を作らないという選択をします。出生率の低下に加え、各地で起こり続ける暴動やモラルの崩壊により、人類社会は再び危険な状況に陥ります。
これ以上社会的な緊張を高めないように、各国はとうとう新生児に対する遺伝子強化を義務化します。ハイオプションは強制されませんが、国の補助で、誰もが生まれる前に最低限の遺伝子最適化を受けることになります。これでようやく社会的な問題はある程度抑えられましたが、大規模な遺伝子編集が人類という種族にもたらす中長期的な影響が徐々に表れ始めます。
様々な問題の中でもっとも懸念されるのは、多様性の喪失です。親たちは生まれてくる子供を“デザイン”する時、流行りの特性を選ぶ傾向があります。誰もが似たような特性を子供に持たせるため、人類の遺伝子プールがだんだんと均一化していきます。普通、遺伝的多様性は病気や環境の変化に適応するための重要な保護手段とされていますが、大規模な遺伝子編集によって遺伝的多様性が乏しくなると、人類という種族は突然やってくるかもしれないパンデミックや環境の激変への適応力が弱くなります。その時代ではほとんどの病気が治療可能で、あるいはそもそも病気や障害が駆逐されているとは言え、何等かの新しい疫病が短期間に広がった場合、遺伝子が高度に均一化した人類は解決策を編み出す前にその病気によって絶滅する恐れがあります。もちろん、その時の人類はこの懸念点を十分に分かっており、事前の対策を打ちます。
【改造人間の誕生】
人類の遺伝子に多様性をもたらすために、例えば動物の特性を加えればよい、という発想が出てきます。新生児をデザインする際の、新たなオプションの誕生です。これはパンデミックなどへの予防という目的に限らず、よりアグレッシブに応用されていくかもしれません。例えば、鷲の一部の遺伝子を導入すれば、5キロ先の物まではっきりと見える視力を獲得します。猫の一部の遺伝子を導入すれば、反射神経がこれまでより数倍も速くなります。ただ、動物の遺伝子との融合が深いところまで行くと、その人間は外見にまで動物の特徴が現れてしまうため、一般的に実施されるのはあくまで浅いレベルにとどまるでしょう。
ただ、軍事利用のための遺伝子編集は別次元にまで進みます。例えば、水中でも呼吸可能な兵士を作るために、一部の専門部隊の兵士に魚の遺伝子を導入してえらを与えます。空を飛ぶために、遺伝子編集で人の体をできるだけ小さく軽くすると同時に、鳥や虫の遺伝子を取り入れて翼の構造を持たせます。このようにして誕生した兵士たちはもはや人類とは異なる種の生物となり、神話の中で語られていたような存在がこの時代の地球にどんどん誕生していきます。このように、遺伝子編集技術が人類にこれまでにない変革をもたらし、それ以降の人類と地球の運命は、未知の領域に足を踏み入れることになるでしょう。
考察
ここまでの僕なりの未来に対するシミュレーションは、警鐘を鳴らすという意味合いも含め、遺伝子編集技術が悪い方向に転じた際の暗い話を中心としてきました。本心では明るい未来を祈っていますが、現状から見れば、今回のシミュレーションにある一部の内容は現実でも起こるのではないかと思います。
DNAは、生物の遺伝情報を司るものであり、言わば、生命の「設計図」です。この「設計図」には、「遺伝子」という単位で情報が組み込まれていて、それらの遺伝子が持つ情報に基づいて、生物の体が“製造”されていきます。その生物がどのような見た目になるか、どう振る舞うかは、全て遺伝子に含まれている情報によって決定されます。これらの遺伝情報は子孫にも伝えられていきます。極端な話、誰かの遺伝子に「しっぽが生える」という情報があるのなら、その人はしっぽを持つようになりますし、「翼が生える」という情報があるのなら、その人は翼を持つようになります。
これまで、どの種のどの個体がどのような遺伝子を持つかは自然が決めたルールに絶対的に支配されており、そのルールに従って生物は進化してきました。しかし、人類が「遺伝子編集」という“神の力”を手に入れてから、世界は変わり始めました。
2009年、日本の科学者たちは、クラゲのDNAをサルの胚に組み込むことに成功し、蛍光性を有するサルを作り出しました。その遺伝子は、これらのサルたちの子孫にも受け継がれています。それ以降、羊、豚、猫に対しても遺伝子操作が施され、様々なトランスジェニック動物が誕生しました。しかし、当時の遺伝子組み換え技術は「精度が低い」「コストが高い」「実施期間が長い」などの欠点があり、あくまで実験室レベルにとどまっていました。そんな中、2000年以降、CRISPRという遺伝子編集技術が誕生します。
それまで指摘されていたデメリットは一変し、低コストで、短期間かつ精度の高い手法へと進化した遺伝子編集技術は、とうとう実用レベルに達しました。HIVに免疫を持つ赤ちゃんを誕生させた賀建奎のケースは倫理的な批判を免れないものでしたが、ついに2023年、イギリスではCRISPRを用いた治療が承認され、他国もそれに続こうとしています。厳格な条件、範囲が定められているものの、従来は治療不可能だった難病でも、患者の遺伝子を編集することで治療、完治できるようになったのです。
では、これから、人類は本当に遺伝子を自由自在に編集し、人間の体に新しい機能を加えたり、絶滅した種を再び誕生させたり、ひいてはこの世に存在しない種を作り出すことが可能になったのかというと、実はそこまでは至っていません。CRISPRで特定の遺伝子を編集することはできますが、現段階では、そもそもどの遺伝子がどのような機能を果たしているのかはまだ完全に解明されておらず、複数の遺伝子が相互作用した結果はさらに未知数です。
すなわち、設計図を描き変える消しゴムと鉛筆は手に入れたものの、変更された設計図から出来上がるものがどのように機能するか、またその変更が全体にどのような影響を与えるかを正確に予測するのは非常に困難です。しかし、ここ数年で目覚ましい発展を遂げている人工知能には、遺伝子編集技術の精度と効果予測を向上させる可能性が秘められています。人工知能の進化は日々加速しており、高度な学習アルゴリズムを持つ人工知能に膨大な量の遺伝子データを与えることで、いずれ、自由自在な遺伝子編集技術と、その遺伝子編集による結果の正確な予測が実現され、望み通りの特性を持った生物が創り出される日がやってくるでしょう。
2017年、プーチン大統領は公の場で、ロシアは痛みと恐怖を感じない兵士を作り出すことができると発言しました。また、一部の報道によると、中国はCRISPRを利用して、睡眠時間の少ない、かつ耐久力の高い兵士を育てています。2020年、フランスの国防大臣は、バイオテクノロジーを使用して、兵士の身体能力の強化を検討していると発表しました。それを追うように、2021年、イギリスは兵士の遺伝的強化研究のために8億ポンドを投入すると発表しました。もちろん、アメリカも既に動いています。国防総省の特別機関である国防高等研究計画局(DARPA)は、2019年に兵士を強化するための遺伝子編集プロジェクトを開始しました。アメリカ政府は毎年約1,000億ドルの巨額の予算をこのプロジェクトに投入しています。プロジェクトには数多くのハイテク企業やバイオテクノロジー企業も参加しており、人工知能を用いて遺伝子マッピングや遺伝子編集技術の開発を進め、これまで科学者たちが踏み入れていなかった領域にまで進展しているそうです。
2021年、世界保健機関WHOはCRISPRおよび遺伝子編集に関する一連の国際基準を策定し、遺伝子編集は医療の必要性がある場合にのみ使用すべきだと声明を出しました。しかし、これは法律や条約といった形で国家を縛るものではなく、結局、CRISPRをどのように用いるかは各国が独自に決定できます。たとえ政府ないし法律が国のレベルでCRISPRの悪用を禁じるとしても、次の賀建奎のような人が現れない保証はどこにもありません。私たち人類は今まさに岐路に立っており、どの道を選択するかによって、未来が大きく変わります。ギリシャ神話で、ゼウスはパンドラに結婚祝いとして1つの美しい箱を与えました。ただ、決してそれを開けてはならないとも言いました。しかし、パンドラは好奇心に負けて箱を開けてしまい、世界中に、病気、貧困、憎しみ、暴力、苦痛などの諸悪と絶望が解き放たれたと語られています。人工知能とCRISPRの融合をパンドラの箱に例えるのなら、今まさに、この箱は開けられたのです。そこから解き放たれたものが絶望なのか、それとも希望なのか、それは私たち次第です。
それでは、今日もありがとうございました。
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