はじめに
アンデスの高地、美しい景色が広がるチチカカ湖の近くには、プマ・プンクという遺跡が隠れています。この遺跡は、ボリビアの首都ラパスからおよそ70kmの場所に位置しており、世界中から多くの冒険家や歴史愛好家が訪れています。遺跡の歴史は非常に古く、インカ人が発見した時点ですでに長い時間が経過していたことは確かですが、その建設者や時代の詳細は不明でした。しかし、1920年代、アーサー・ポスナンスキーという考古学者が、遺跡の中から数多くの発見をしました。これらの発見があまりに常軌を逸していたため、ポスナンスキーは、プマ・プンクは当時考えられていたよりもさらに古い文明による遺産であると主張しました。しかし、これらを一目見たときに最も強く心に浮かぶ疑問は、「誰が」「いつ」よりも「どのようにして」この壮大な遺跡が建設されたのかということです。ある意見では、この遺跡を作り上げた技術は、現代の科学でも再現できないものだと言います。その技術は一体どのようなものなのか?これらの巨石の遺跡はどのようにして建てられたのか?今回はその真相を探求していきたいと思います。
ぜひ最後までお付き合いくださいね。
謎の巨石遺跡
プマ・プンクの建造物は、花崗岩や閃緑岩などの巨石で作られています。これらの岩石は、セメントも一切使っていないのに、かみそりの刃さえ通さないほど精密に組み合わされています。印象的なのは、これらの構造物が、完璧な直角を示していたり、一貫した大きさと深さの円形の穴があったり、極めて秩序立っていて、そこには数学的な美しささえ感じられるということです。多くの専門家は、現代の道具を使ったとしても、プマ・プンクと同じように建造することは困難な作業だと考えています。古代の人々や社会が一体どのようにしてこれほどのものを完成させたのでしょうか?この謎を解明するために、エジプト、特にアスワンにある有名な未完成のオベリスクを訪ねてみましょう。
現在、この巨大なオベリスクは花崗岩の地面に部分的に埋め込まれたままになっており、その大きさは42メートル、重さは1000トン以上という驚異的なものです。これがどのくらいの規模かと言うと、完成されたエジプトのどのオベリスクよりもはるかに大きいことは間違いありません。現代の考古学者を困惑させている理由は、その大きさだけでなく、材質にもあります。このオベリスクはピンク色の花崗岩でできていますが、これは古代エジプト人が使っていた道具よりもはるかに硬い物質です。簡単に言えば、このような硬い岩石に青銅やドロマイトでできた道具を使えば、岩をどうこうする前に道具の方が使えなくなってしまいます。
さらに、オベリスクは狭い溝にあり、何とか力任せにハンマーで叩いて加工しようと思っても、スペースがないため満足に作業できるはずもありません。このことを念頭に置いて、考古学者たちが別の角度からオベリスクを調査してみると、その側面にはまるで木片をやすりで削ったような跡があることに気づきました。これはハンマーで叩いてできた跡ではなく、古代エジプト人が使っていた道具のどれとも一致しない謎の痕跡です。
不思議なことに、同じような報告がペルーやその他の地域の巨石の調査からも上がっています。この遺跡を調査した機械工学の専門家クリストファー・ダンは、ある結論を導き出しました。このオベリスクは、その製作者が到達した技術水準に関して、説得力のある間接的な証拠を提供しています。それは、どのような方法で建造されたかを示すというよりも、どのような方法が用いられなかったかを如実に示すことによって、私たちにこの技術の本質を理解させようとしています。つまり、このオベリスクは、私たちの一般的に認識しているような古代エジプト人の技術力では絶対に作ることができないものだということです。また、それを示す証拠は、アスワンのオベリスクだけではありません。
ナイル川河口、古代エジプトの首都メンフィスにある広大な埋葬地サッカラには、聖牛アピスを埋葬するセラペウムという地下墳墓があります。そこで発見された巨大な花崗岩の箱について考えてみましょう。これらの石の箱は、当時ではありえないほど高い精度を誇り、そのシャープな作りは完璧な寸法による仕上がりを実現しています。
現代では、石工は花崗岩を切断するために、冷却液を十分に満たしたダイヤモンドチップの油圧機械を使用しています。
古代エジプト人は、どのような方法を用いていたのでしょうか? さらには、古代エジプトの出土品の中には、花崗岩やその他の硬い岩石から想像を絶する精密さで彫り出された数々の工芸品がありますが、専門家たちは、現代の技術をもってしても、このような彫刻を再現することはできないと断言しています。現代の技術でないとすれば、古代エジプト人はどのような技術を持っていたのでしょうか?
このような事実を前にして、クリストファー・ダンは突飛な仮説を打ち出すに至りました。すなわち、エジプトで発見し、調査したこれらの遺物は、これまで人類が解明してきたものよりもはるかに高度な文明がかつてエジプトに存在していたことを証明する決定的な証拠だと彼は主張したのです。では、これらの石に刻まれた様々な事実が、もし本当に決定的な証拠なのだとしたら、それは具体的にどのようなオーバーテクノロジーを示唆しているのでしょうか?
古代レーザー切断技術
1980年代、考古学者イヴァン・ワトキンスの率いるミネソタ州のセント・クラウド州立大学の研究者グループが、ペルーのマチュピチュにあるインカ帝国の遺跡の驚異的な石組みを研究しました。マチュピチュを構成する硬い岩石は、顕微鏡で観察するとわかるように、さまざまな硬度を持つ多数の鉱物が混ざり合った強固な構造をしています。ハンマーで叩いたり、削ったり、やすりをかけたりして岩石に力を加えると、弱い鉱物はひびが入ったり割れたりします。ワトキンスと彼のチームは、マチュピチュの石造物を顕微鏡で研究することで、岩石がどのように切断され、その結果どのように建造物が作られたかをより詳しく解明しようと考えていました。
ところが、ワトキンスと彼の研究チームは、実際に調査してみて、唖然としました。岩の表面は、砕けたり固まったりした鉱物の不揃いな寄せ集めではなく、滑らかでつるつるとしていました。まるで石英の破片が極端な熱にさらされて溶けて、一種のガラス釉になり、石の微細な凹凸を埋めているかのようでした。
アメリカ地質調査所の地質学者デビッド・リンド・ロスの率いる別のチームが、マチュピチュの岩石がどのように切断され、岩にガラス釉のような効果を与えたかを解明しようと研究を始めました。努力の末、ロスと彼のチームは、100ワットの出力を持つレーザーを2ミリメートルの範囲に集中させ、それを前後に動かすと、ビームによって石が切断されることを発見しました。この研究結果から、ロスと彼のチームは、インカ人がレーザーでマチュピチュの石を切断した可能性を指摘しました。
「古代のレーザー切断技術」など、不可解で信じがたいように思われますが、サウジアラビアのテイマー・オアシスにあるアルナスラーロックという巨大な岩塊も、まるでレーザー技術で岩をスライスしたかのように、非常に正確できれいな切り口で分割されています。どうも、このような技術を持っていたのはインカ人だけではなかったようです。では、古代人がどのようにレーザー切断技術を手に入れたのかというと、彼らが崇拝していた太陽神から、その答えを探ることができるかもしれません。
オーバーテクノロジーの正体
エジプト人やチチカカ湖の古代人と同様、インカ人も太陽神を崇拝していました。彼らには「太陽の祭り」と呼ばれる年中行事があり、司祭が金のチャームが凹んだブレスレットに太陽を反射させ、綿の山に火をつけるという儀式があります。これに目を付けたのが、先ほどのイヴァン・ワトキンスです。1986年に『L.A.タイムズ』紙に掲載された記事で、ワトキンスは、インカ帝国が巨大な都市を建設するために、人力ではなく太陽の力を使って巨大な岩を切断したのだと主張しました。彼によれば、インカ人は、直径3mほどの金でできた大きな放物面状の反射板を使い、太陽が発する電磁波を一点に集中させ、そのエネルギーで岩を切断したと言います。
映画やアニメの見過ぎだと言われそうな推測ですが、実は、インカ帝国の寺院に大きな金の円盤があったことは、スペインの植民地支配者たちの記録でも確認されています。歴史家たちは、スペインの征服者たちはおそらくこれらの金の円盤を小さく切り刻み、溶かして固めた金塊をスペインに持ち帰ったのだろうと考えています。もしこれが本当の話なら、スペイン人は大量の金を手に入れて得したような気になっていたでしょうが、金の円盤の本当の用途を見抜いていなかったために、彼ら自身が大損していたどころか、現代の我々にとっても技術的損失だと言えます。では、インカ人や古代エジプト人、そしてプマ・プンクを建設した謎の文明人たちは、本当に太陽の力を利用して岩石を切断する技術を持っていたのでしょうか?
十数年前、アメリカの考古学者がエジプトのとある遺跡で研究を行っていたとき、何百本もの音叉のような形をした物を発見しました。これらは長さ20cmの物もあれば、2メートルの物もあり、その形はアルファベットのUの形状でした。U字の突起の間には針金が張られており、その針金を弾くと音叉が振動しました。ここではこれを、フォークと呼ぶことにします。
私たちが知っている、音楽で使われる本来の音叉は、1711年にイギリスの音楽家ジョン・ショアによって発明されたものです。
では、これらのフォークはエジプトの遺跡で何に使われていたのでしょうか?それを考える上での大きな問題は、これらの何百本ものフォークが、細かい作業のために作られたような小さなものから、力仕事のために作られたような大きなものまで、その用途を一つに絞ることができそうにないという点です。古代エジプトでは、棒を手にした神々がよく描かれていました。具体的には、Uの字型に分かれた基部と突起のある頭部を持つ杖で、多くの場合、何らかの動物に似せて作られています。これはただの杖ではなく、王笏と呼ばれます。古代エジプトの信仰では、これは力を象徴していました。
しかし、それは抽象的な概念としての「力」というだけでなく、本当に何らかの具体的な「能力」、「機能」を有していたのかもしれません。さきほどのワトキンスが語った、太陽を利用したレーザー切断技術の話を思い出してください。ワトキンスが思うには、電磁波を一点に集中させた結果、岩石をあのように切断できるのだそうです。しかし、なぜ電磁波でなければいけないのでしょうか?実は、電磁波に限らず、これは音波でも再現できる可能性があります。
2000年頃、NASAは「超音波ドリラー・コアラー」という、音波を使って材料を打ち抜く装置の開発に取り組んでいました。これはNASAが将来、他の惑星の地表を探査するときに使用することを想定している装置です。さらに最近、ミシガン大学の科学者たちは、人間が聞き取れる周波数の1万倍の周波数の音波をビームに集中させる方法を発見しました。つまり、彼らは、目に見えない音のレーザービームを作り出したのです。このいわゆる超音波掘削は、古代エジプトなどで用いられたと思われる謎の技術と重なります。
先ほどご紹介した古代エジプトのフォークの柄を通してU字型の突起の間に張った張力線を超音波振動させることができれば、フォークの下側が高周波の掘削機に変身し、たとえフォーク自体が銅製であったとしても、花崗岩を精密に切断することができるという理屈が成り立ちます。おそらくこれが、古代エジプト人が硬すぎる岩を切断する方法だったと推測できます。エジプトの石の遺物に見られるのと同じ特徴が、マチュピチュやプマ・プンクといった世界の他の場所でも見られるという事実は、これらの古代文明がそれぞれ、音波や電磁波をうまくコントロールし、活用するという秘密のオーバーテクノロジーを持っていたことが示唆されます。
終わりに
古代の先人たちが手にした技術や知識は、私たちが想像する以上に進んでいたのかもしれません。そして、その知識は時とともに失われ、現代の科学技術が再びそれを解明しようとしています。しかし、中には現代の技術でさえ再現できないものもあり、そこには何らかの高度な存在が関与していた可能性も考えられます。古代と現代、そして宇宙。三つの要素が交錯する中から、私たちは新しい真実を見出すことができます。今回は技術そのものの詳細に迫ってみましたが、ほかにも、その技術がどのようにしてもたらされたのか、何のためにそれほどの技術が必要だったのか……考えるべきことはまだまだ山ほどありそうです。
それでは、今日もありがとうございました。
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